注文の多い料理店 (新潮文庫)のレビュー
自分のためから、子供のために、また自分のために
日経新聞の土曜の最後の面に紹介された記憶があり、その影響で購入したように思います。いずれにしても何かの書評によるものでした。宮沢賢治の作品としては、風の叉三郎、銀河鉄道の夜、セロ弾きのゴーシュという感じでしか知らず、あまり意味もわからず、変な作家というイメージでした。爆笑問題の大田さんが気に入っているようで、そこに潜む本当の意図、思想が深くあることがありそうだと思っています。エピソードも知るようになり、この作家が何を思い作品を作成しているのか、いまだにあるものの、自然を擬人化し、またよくわからないため、想像したり、記号化したりするなどして、とらえようを考えています。子供に聞かせるために読むと、また読みにくい。しかし、広がる自然の世界は何かありそうである。また、子供に読み聞かせるとともに、自分への原点回帰として、宮沢賢治の伝えようとしているメッセージを感じたいと思っています。
怪談。森の中の「人食いレストラン」?
「銀河鉄道の夜」「春と修羅」等と並ぶ宮沢賢治の代表作品。
料理店を訪れた2人の客に次々と出される「謎の注文」。
料理店側が2人を歓迎してくれているという客側の「勘違い」と、
その裏側で進行される「謎の料理店の真意」とは・・・・・・?
短編としての読み易さ・丁寧な言葉遣いに反して、読み終えた後に心に残る
「不気味さ」「奇妙さ」「恐怖」・・・・・・。
心の底から「怖い」というのとはまた違った、所謂「ちょい怖」とでも言うべき
「匙加減の絶妙さ」に酔いしれて下さい。
料理店を訪れた2人の客に次々と出される「謎の注文」。
料理店側が2人を歓迎してくれているという客側の「勘違い」と、
その裏側で進行される「謎の料理店の真意」とは・・・・・・?
短編としての読み易さ・丁寧な言葉遣いに反して、読み終えた後に心に残る
「不気味さ」「奇妙さ」「恐怖」・・・・・・。
心の底から「怖い」というのとはまた違った、所謂「ちょい怖」とでも言うべき
「匙加減の絶妙さ」に酔いしれて下さい。
塾などで国語のテキストに最適です
私が子どもの頃、大変ワクワクした気持ちで読みました。大人になってから読むと、主人公の猟師、また化け猫などの様子も心理描写も分かるので更に面白いです。
この本は、塾などで国語のテキストに最適です。子どもたちは、始め メニュー(注文)が多い料理店だと思うのですが、最後、お店サイドの注文が多いということが分かってきて、興奮してきます。テキストとして、最適です。
この本は、塾などで国語のテキストに最適です。子どもたちは、始め メニュー(注文)が多い料理店だと思うのですが、最後、お店サイドの注文が多いということが分かってきて、興奮してきます。テキストとして、最適です。
賢治のドリームランド、「イーハトヴ童話」の素晴らしき哉
大正十三年(1924年)十二月に刊行された童話集『注文の多い料理店』全九篇(「どんぐりと山猫」「狼(オイノ)森と笊(ざる)森、盗(ぬすと)森」「注文の多い料理店」「烏の北斗七星」「水仙月の四日」「山男の四月」「かしわばやしの夜」「月夜のでんしんばしら」「鹿(しし)踊りのはじまり」)と、「雪渡り」「ざしき童子(ぼつこ)のはなし」「さるのこしかけ」「気のいい火山弾」「ひかりの素足」「茨海(ばらうみ)小学校」「おきなぐさ」「土神ときつね」「楢(なら)ノ木大学士の野宿」「なめとこ山の熊」の十の童話を収めた一冊。賢治の書いた素敵にきれいな序文からはじまる『注文の多い料理店』の童話集。これはやっぱりいいなあ、魅力的だなあと、改めてそう感じました。
最初の一篇「どんぐりと山猫」の話から、殊に次のことがいいなと思ったんですね。まず、話の中に出てくる色のイメージが鮮やかで、キラキラと輝いていること。次に、≪革鞭(かわむち)を二三べん、ひゅうぱちっ、ひゅう、ぱちっと鳴らしました。≫といった、擬音語の使い方に賢治のセンスが発揮されていること。さらに、その土地のなまりをそのまま使った、地方色豊かな雰囲気のあること。あるいは、話の全体に流れる音楽のようなリズム感の心地よいこと。などなど、本当に味わい深くて、色彩感と音楽性にあふれた童話だなあと思いました。
本文庫巻末の「(作品の)注解」ならびに、天沢退二郎氏による「収録作品について」記した文章が、実に的確で親切、そして充実したものだと感心しましたですよ。賢治が書いただろう『注文の多い料理店』の広告ちらしの文章ともども、この童話集の味わいを考える上で、とても参考になりました。
最初の一篇「どんぐりと山猫」の話から、殊に次のことがいいなと思ったんですね。まず、話の中に出てくる色のイメージが鮮やかで、キラキラと輝いていること。次に、≪革鞭(かわむち)を二三べん、ひゅうぱちっ、ひゅう、ぱちっと鳴らしました。≫といった、擬音語の使い方に賢治のセンスが発揮されていること。さらに、その土地のなまりをそのまま使った、地方色豊かな雰囲気のあること。あるいは、話の全体に流れる音楽のようなリズム感の心地よいこと。などなど、本当に味わい深くて、色彩感と音楽性にあふれた童話だなあと思いました。
本文庫巻末の「(作品の)注解」ならびに、天沢退二郎氏による「収録作品について」記した文章が、実に的確で親切、そして充実したものだと感心しましたですよ。賢治が書いただろう『注文の多い料理店』の広告ちらしの文章ともども、この童話集の味わいを考える上で、とても参考になりました。

感性が鈍って心に届きにくい今、私は字面を追っただけだが、辛うじて読了。作品に何ら責はない。賢治の一見平易な童話とシンクロするには、読み手の条件が揃わなければならない、ということを私は言いたい。楽しめなければ、それは読者のせいだ、ということ。
そしてもう一つ。賢治の作品を肴に訳知り顔な深読みをすることが文芸評論であるのなら、私はそれを軽蔑する。本書の解説者を責めるのではなく、あくまで一般論として。その点、巻末の井上ひさし氏の文章は、賢治文学をありのまま受け入れることを説いており、私は激しく同感するのであった。